【遠い土地の暮らしを思う】旨い蓮根が育つのを、じっと待つ夏。長野・小林農園さんとのやりとり

【遠い土地の暮らしを思う】旨い蓮根が育つのを、じっと待つ夏。長野・小林農園さんとのやりとり

かつてはゆるやかに感じられていた季節の移り変わりが、唐突だと感じるようになった近頃。それでも、自然のちょっとした変化に目を配り、私たちの暮らしと四季が地続きにあることを感じたい。

MCKKはそんな思いから、「季節と自然のうつろい」に目を向けられる読み物をお届けしたいと考えました。

自然と共に暮らし、土地に根差した仕事をする方々にお話を伺い、地域における季節のうつろいや暮らしの様子を知ってゆく。読み物を通して遠い土地を想うことで、四季と季節への想像力を一緒にひろげていくことができれば。やり取りも情報も早すぎる今の時代の流れのなかで、少しだけゆっくりとした文通のような、お互いの暮らしを気遣い合うようなやり取りが、いろいろな土地の方々とできたらと思います。

第二回のゲストは、長野県長野市・綿内エリアで120年以上続く「綿内蓮根」の農法を継承しようと取り組む・小林誠太さん。彼の話からは、昔からの夏の風景を守るための努力と葛藤が見えました。


人の背丈より高くなる、蓮根の葉のつくる景色

長野県長野市にある「綿内」地域。千曲川が流れるそばの土地で、「綿内蓮根」は栽培されています。


「夏の蓮根からは、すごい生命力を感じます。春に植え付けをした蓮根が、夏に一気に育って、葉っぱが人の背丈を超えるんです」。そう話すのは、綿内地域の蓮根農家に生まれた小林誠太さん。デザイナーとして仕事をしながら、家業の蓮根農家を継ぐ「5代目」を目指して奮闘しています。

8月の綿内の風景。畑の向こう側が見通せないほどにびっしりと茂った蓮根の葉は、高さ2mを超え、大人の背丈よりもはるかに大きく育つ

8月の綿内の風景。畑の向こう側が見通せないほどにびっしりと茂った蓮根の葉は、高さ2mを超え、大人の背丈よりもはるかに大きく育つ


「こんな風に葉が伸びている間に蓮根も地下で伸び広がって、葉っぱが育ち切ると蓮根が肥大して大きく育ちます。春から夏にかけては、水や肥料を管理したり、どんどん生えてくる草を取り除いたり。綿内蓮根農家にとっての夏は、収穫期に比べると、少しだけゆっくりとした時間のなかで作業をする時間になります」

お盆に近づくと、ちょうど蓮の花が咲く。白く大きな花びらがひろがるさまは、長野でも珍しい風景の1つだ。


「このエリアにはあんまり外から人が来ないけれど、蓮の花の時期だけは、見に来られる方がいて。畑の隣に車を止めて写真を撮っている人もいますね」。


夏の間にたっぷりと水と土の栄養を吸収する蓮根。畑の上から見えるのは、青々と茂る葉の森だけだ。生命力に溢れた葉の下で、土の中に眠る蓮根はどんどん大きくなっていく。その風景は、夏の暑さが去ってようやく姿を変える。


「収穫期のはじまりとなる10月には葉っぱが枯れて、茶色くなった葉と茎を機械で全部倒してから、収穫しやすい状態にします」


綿内蓮根の一番の旬は、12月から1月あたり。雪の下の泥のなかに埋まっているのを掘り起こすのが、一番美味しいという。寒くなると蓮根に含まれるでんぷんがグッと増えて、甘味が乗っていくのだとか。


「いまでこそ温暖化があって冬もそこまで寒くないけれど、昔は寒すぎて収穫中に亡くなられた方もいたくらい、過酷な農業です」。


過酷な冬があるからこそ、農家自身も夏の生命力をまぶしくかんじるのかもしれない。

綿内地域の冬の様子。畑は雪に覆われ、泥の表面には硬い氷が貼っている。場所によっては、氷を砕きながら手で掘り進めるという。この地面の下で、綿内蓮根はじっくりと味を蓄える

 


傷つけないために、硬い泥から指で掘り出す

おそらく、蓮根の産地と聞いて長野を思い浮かべる人は多くないだろう。ほとんどの人は、茨城、徳島、佐賀あたりをイメージするかもしれない。それらの土地と綿内の蓮根とは、はっきりと育て方が違うという。


「一般的な蓮根だと、胸あたりの深さまである水田に入って、水圧の強いジェットホースを使って収穫する、いわゆる“水堀り”のイメージがあると思います。そういう蓮根とは違って、綿内のものは膝下程度の重粘土質な泥の中から一本ずつ手で掘り出すんですよ」


夏の間、葉が生い茂る季節にはたっぷりと田んぼに貼られていた水を、秋になると落としていく。それが、田んぼの水も凍るほどに厳しい長野の冬に向けた準備だという。「綿内の粘度質の土壌では、水堀りはできませんから。江戸時代から、落水させて手掘りする方法を取っているんですよ」


そもそも、蓮根の品種は実はそう多くないのだとか。昔々に持ち込まれた品種がいろんな土地で育てられるようになって、土地ごとにちがう蓮根になったという。


「同じ蓮根に見えても、他の土地に種を持っていって栽培しようとしたら育たないみたいですよ。だから土地には土地の、綿内には綿内の蓮根がある」

 

蓮根は、とにかく鮮度が命であり、空気に触れた瞬間から味が落ちていく。もしも収穫の途中に傷がついてしまえば、そこからその蓮根はダメになる。湿り気のある硬い泥の土壌を持った綿内で蓮根を収穫するには、素手で丁寧に泥の中から掘り起こしていくしかなかったという。


「ガチガチに硬い泥の中から、赤ちゃんを傷つけずに取り出すようなもんですよ。めちゃくちゃ難しい。僕がはじめて掘った日は、3時間もかけて1本しか掘れなかった」。


手で掘るという重労働がある分、他の産地と比べてかなり少量生産になっていく。産地として知られていない理由でもある。「男性の指の力でもスッとは通らない、粘土みたいな泥です。大体の人は、はじめての時に突き指します」

そんな綿内蓮根には、少しずつファンがついているという。「昔は、農協や地元のスーパーに卸しているだけでした。ここ数年は県内外の料理人の人に知ってもらって、東京や軽井沢のレストランに直接仕入れてもらったりもしています」。


料理人の目線から見た綿内蓮根には、味の特徴があるという。


「よく言われるのは、香りの強さ、うま味の強さ、歯触りの良さ。蓮根って本来、味の違いがわかりづらい食材だと思うんですよ。でも軽井沢のレストランの方は、『火入れですごく繊細に歯触りや食感をコントロールしやすい食材だ』と言ってくれていて。他の蓮根ではその繊細さが出せないから、綿内蓮根はとても繊細な料理に向いた上品な蓮根だって。それって、プロの料理人ならではの解像度だと思うんですよ」

料理人にも愛されながら、綿内蓮根の可能性は広がっている。

 

江戸時代から続く景色を、どうやって残せるか

そんな綿内地域の蓮根だが、栽培する農家は少しずつ減ってきているという。


「実際、ウチともう1軒の2軒しか、仕事として栽培している農家さんはいないみたいなんですよ。この土地では元々江戸時代からはじまった蓮根栽培で、昔は30軒以上の蓮根農家がありました」。

小林農園が蓮根農家をはじめた明治から、およそ120年。その伝統を受け継ぐ家は減少している。


「隣の畑の方はしばらく前に亡くなられたんですが、畑は放置されていて。いまは雑草に侵食されちゃって、葉っぱが出てこないんですよ」


人の手で生まれていた夏の風景も、家業が閉まれば失われていくもの。


「高校生くらいまではずっと見ていた風景でしたからね。この景色がなくなりそうなのは、なんとかしないとと思って」


東京でデザインを学び、独立してグラフィックデザイナーとしての仕事をしていた誠太さん。数年前の地元・長野市へのUターンをきっかけに、家業としての綿内蓮根農業に関わっていくことを決めた。


「最初は、学んできたデザインを通して、農園のブランディングをしたり、綿内蓮根を知ってもらうためのより多くのきっかけを作ろうと、料理人や食に関心のある方々を呼んで、畑を案内したりしていました」。

 

2025年から取引がはじまった、軽井沢の「Restaurant Naz」の鈴木夏暉シェフを招いての一幕。多くの料理人が畑を訪れても、自ら掘ろうと試みた人はほんの一握りだそう。食材に歩み寄るために体を張る姿勢に、生産者や食材への突出した敬意を感じたといいます

 

見せ方や伝え方、新しい販路を開拓すること……父親のつくる蓮根をより多くの人に届けようと試行錯誤した。


「あるときに『自分では掘らないの?』と言われて。気づいたら、綿内に生まれて35歳になるまで、一度も自分で蓮根を掘ったことがなかった。120年の歴史がある綿内蓮根に、どこか自分自身も『近寄りがたい』と思ってしまっていたことに気づいたんです。それから3年ほどかけて親父にお願いして、掘り方を教えてもらえるようになりました」

 

誠太さんのつくった農園のブランドイメージ。「この土地に江戸時代から続く歴史と120年の伝統がある小林農園の農業に対して、どこか『蓮根畑は聖域』だと思っていました。自分が入っていいと思えていなかった。掘り方を教わる前からずっと感じていた畏敬の念を込めようと思いました」

 


「まだまだ勉強不足ですけど、教えてもらううちに少しずつ綿内のことも、蓮根のことも知れていて。実は、心配事も出てきました」


この土地で、変わらず同じ農法でやってきたからこそ起こること。それは温暖化による気候や気温の変化に、どのように対応するのか?ということだった。


「土の中の温度が変わると、味はどう変わるんだろうとか。日差しが強い夏に例年より早く葉っぱが焼けてしまったら、栄養はちゃんと蓮根に行くんだろうかとか。環境を管理しようと思えばハウス栽培に切り替えるとかなんでしょうけど、僕のなかでは昔からあるやり方と風景が残っていることが、貴重だと思うんです。夏に背の高い葉が生い茂っている、この綿内の風景も含めて、美しくて残したいものだと思ってきたので」

 

「急に『5代目です』とか言って入ってきて、今まであったものを変えすぎてしまうということはしたくないです。江戸時代の綿内で綿内蓮根の農業がはじまって、うち(小林家)も明治(1906年)に綿内蓮根農家としての仕事をはじめた。そういう伝統や風景、その味の品の良さみたいなことを、そのまま伝えていきたいなと思いますね」。


伝統的な農法と景色を残していくため、試行錯誤する誠太さん。「旬は冬ですけど、夏の綿内蓮根の届け方も考えたいなと思っていて。夏の景色がとても魅力的なので、それを楽しめる企画ができないかと考えています。実家の空き家を改修して、畑を眺めながらお茶を飲める場所が作れたらいいなとか、亡くなった農家さんが営業していた元直売所を生かして、景色も食材も楽しめる場所にできないかとか。やることも考えることも、たくさんありますね」。


先人たちが綿内の土地で守ってきた蓮根農業の姿と、いまの時代に生きる人々にそれをどう届けるか? 伝統と現代の間に立ち、揺れながらも歩みを止めない誠太さん。彼のお話からは、「自然の恵みが育っていくのを待つ」という夏のあり方と、伝統的な農と暮らしへの思いを感じることができました。

 

 

今回の取材先

小林農園 5代目・小林誠太さん

1990年生まれ。長野県長野市出身。日本デザインセンター、セイタロウデザイン等の制作会社を経て2023年に独立。人の想いや価値観、歴史や文化に深く向き合い対話すること、そしてデザインに馴染みのない領域にこそデザインをひらきたいという思いで活動中。長野市で江戸時代から続く、綿内蓮根を栽培する小林農園の五代目としても鍛錬中。


小林農園

明治創業120年。日本で2軒の蓮根農家である『小林農園』。江戸時代より続く畑で幻の伝統野菜「綿内蓮根」を栽培しています。
https://www.instagram.com/watauchi.renkon/

 

撮影:西 優紀美

 

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